海里の過去を調べるという隆史の思惑は、意外なことに暗礁に乗り上げた。 アルビノの、あの強烈な印象だ。目立つことこの上ない特徴ゆえに、素性など簡単に見つかる とタカをくくっていたのだが…。 なぜか海里の情報は、素性どころか、オークションに出された経緯すら、どんなに調べようにも まったく掴めなかった。 まるで霞か雲か…、天下の大企業体・越智グループの情報網をもってしても、そもそも存在し ていなかったかのように、きっかけ一つすら浮かんでこない。 どこまでも思い通りにならない海里という存在に悶々となりながらも、隆史はさらなる調査を続 けさせた。 けれど、調査の状況は芳しくない。 隆史側で使えるコマは全て使ってはいるものの、本当に何者にもかすりもしない。 仕方ないので隆史はレイラに命じて、貴嶋オークションで海里を引渡したあの係の者に連絡を 取らせることにした。 オークションの関係者なら、おそらく『商品』の素性や事情などの情報は、『商品知識』として知 っているはずだ。 海里の出自も聞けばわかるに違いない。 そう思っていたのだが…、 「例の商品引渡しの係の者に尋ねたところ、『実は我々も全く知らされていない』とのことで…」 レイラが、沈鬱な面持ちで隆史に謝罪する。 書斎で持ち会社の決済の書類に目を通しながら、隆史はその報告を聞いた。 結局、何もわからないまま…。出てきた予想外の結果に、思わず目を見張る。 売る側のオークションすら、海里の情報を知らないとは…、 事実上、お手上げ状態ではないか。 「出品する『商品』もわからないで人に売りつけようなどと、販売する方もいい加減な…」 隆史は腹立ちまぎれに吐き捨て、嘆息した。 他に気持ちの持っていきようがなくて、隆史は手に持っていた書類をデスクに投げ出し、 「あんなに調べてまったくわからないなど、一体どうなっているんだ!?」 憤りもあらわに、握った拳をデスクの板面に叩きつけ、言った。 そんな隆史の激怒に身をすくませながら、レイラは 「力及ばず、申し訳ございません…」 と、ただひたすら深く平伏し謝罪していたが、 「ですが…」 という言葉とともに表情を改め、まっすぐに隆史を見た。 そして、 「その素性も不確かな海里を、身元の説明もせずにオークションに出せ、と連れてきたのが誰 かだけは、係の者の証言で判明致しました」 きっぱりとした口調で言う。 もはや絶望的かと思われた調査の状況に射した希望の兆しに、隆史は勢いよく伏せていた顔 を上げレイラを凝視した。 凝視しながら、どうしてその可能性を思いつかなかったのかと臍を噛んだ。 こんなに越智の力で調べても足跡一つ掴めない、 ここまでわからないと、誰か有力富豪の権限で隠匿されたもののような気さえしてくる、 そんな素性もわからない者を、有無を言わさずオークションに出せる権限を持てる人物───。 そんなことがまかり通るのは、よほどの権力者で…。 そんな人物など、状況的に言って、数えるほどしかいないではないか────。 もうおおよその見当はついていたが、隆史はレイラに先の答えを促した。 「それは…誰だ?」 硬い口調の隆史の問いに、金髪の秘書は躊躇いがちに答えた。 「オークションのオーナーである、貴嶋老人そのものです」 その引渡し係の話によると、海里の出品は、貴嶋老人たってのものだったらしい。 オークションの2、3日前、あの白い、アルビノの少年を連れて貴嶋老人がオークション事務所 にやってきて、 『コレは『商品』だ。さっさと売り払ってしまえ』 と、まるで厄介払いのように置いていったらしい。 貴嶋老人に置き去りにされても、少年は暴れたり騒いだりせず静かだったそうだ。 だからオークション側では、少年は売られるという状況の絶望を前に悲嘆にくれているものだと 思い、しゃべらないことは気にも留めなかったらしい。 身元に関しても、わからないものの貴嶋老人の連れてきたものだ。オーナー本人が『売れ』と 言ったのだから問題はない、と出品したという。 一連の秘書の報告を聞きながら、隆史はデスクに肘をつき、考え込むように目を伏せた。 思ったより、事態は複雑そうだ。 古くから、オークションや闇取引で裏の権力圏に君臨してきた貴嶋一族。 その貴嶋の当主、『貴嶋老人』こと貴嶋実彦は、年は80に届くかという老体だが、今でも現役 で貴嶋を支配している。 あの、貴嶋老人の関係…か。 そんな実力者が絡んでいるとなると、海里の素性調査が上手くいかなかったのも頷ける。 これは、一筋縄ではいかないようだな…。 けれど、私は…、 思って隆史は伏せた目をそっと閉じた。 脳裏に浮かぶのは、あの、色のない少年────。 海里は、依然話しかけても答えることもなく、放っておけば一日中でも動かない。 食事すら、強く言わなければ自分からは何も飲まず何も食べない。 ただそこに居るだけの、よく出来た人形のような美貌────。 そして、 あの無理矢理体を繋いだ時以来、海里の顔に表情という表情が浮かぶのを見たことがない。 代わりに目の前あるのは、罪悪感さえ呼び起こされそうな、ガラス玉のような無言の瞳。 それなのに、 その、力なく虚空を見つめる瞳に、もう一つの面影が重なる────。 『…ゆる、して…』 不思議な色をした瞳の、傷ついた色。 『…ご…めんな…さ…』 忘れようとしても追い出そうとしても、惑わされるように…、 気になって、しまう────。 もう一度、 と隆史は強く思った。 もう一度、その瞳に、自分を…映してほしい。 古い傷跡の謎も相まって、苦い思いがこみ上げる。隆史は不快感にも似た感情に唇を噛み締 めた。 一体、あの少年は何を抱えているのか? ────知りたい。 そこまで考え、隆史は宙を仰いだ。 もうこうなったら、直接貴嶋老人に話を聞くしかない。 思って隆史は、秘書に硬い口調で問いかけた。 「貴嶋老人と接触したい。繋ぎを取ってないか?」 隆史の言葉にレイラは、 「只今手配致します」 折り目正しい礼とともに、短く返事を返した。 |
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