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診断説明が終わり、里見と石道が退出した後、隆史は一人考え込んでいた。 『必要だと…少しでも思われるのなら大切にしてやって下さい。抱きしめてもいい…。 そういった無償の愛情が、この方の救いになるやもしれません』 里見は、海里の状況改善の手立てとしてああ言ってきたが、だからといって具体的に 何をすればいいのかわからない。 とりあえず考えてはみる。…が、やはり見当もつかない。 辛くて現実を捨てた者に、こちらの方がいいと思わせるためには、どうしたらいい…? あまりにも対処法が見つからなくて、隆史は頭をひねるばかりだった。 …このままでは埒があかないので、隆史はとりあえず自分なりに動いてみることにし た。 出来ることから始めてみるか、と。 大切にしてやる、とはどういうことだろう? 考えに考えた結果、隆史が思いついたのは『贅沢をさせてやること』だった。 ここに来るまではどうやら不遇だった海里なので、その得られなかったものを与える ことに意味がありそうだと真剣に考えた。 肌触りのよく、着心地のいい衣服、豪華な食事、質のいい空間────。 きっと『お前一人のために』といって用意される贅沢などには慣れていないだろうと…。 まずは服だ、と隆史は、専属のスタイリストを呼びつけ、海里に引き会わせた。 スタイリストも初め海里の特殊な髪色にぎょっとしていたが、隆史の一睨みにあって気 を取り直したように持参したたくさんの服を広げ始めた。 「この方はお顔も髪色も白いので、お色を合わせての白や、きれいめの青などがお似 合いかと」 スタイリストは海里に生成のような白のハーフパンツとタックレースのスタンドカラーシ ャツを組み合わせた。 パンツとセットらしいジャケットを着せながら、スタイリストは隆史を振り返った。 「このような感じでいかがでしょう?」 自信ありげにスタイリストが、海里を示した。 人形のような美貌は相変わらず無表情だが、全身優しげな生成の白色のせいか、海里 の雰囲気が若干柔らかく見える。 だかその服は、全体的に装飾満点でごてごてしているうえ、動くにはまったく向いてなさ そうだ。 普通なら笑い飛ばしそうな一品のそれだったが、海里が身にまとうと宗教画の天使か 何かのようで、異様に似合っていた。 自信があるだけあって、さすがにいい雰囲気だ。 …確かに、コレの容姿では、普通の機能的な服の方が違和感かもしれないな…。 密かに海里の美しく装った姿に嘆息して、隆史は、 「他にもあれこれ見繕って…急場しのぎは既製品でもやむを得ない。似合うものはすべ てコレ用に。あとそれとは別に、急ぎで何点か仕立ててくれ」 スタイリストを振り返り命じた。 「はい、腕によりをかけて、最高のものをお持ちさせて頂きます」 隆史の言葉に、スタイリストは誇らしげに答える。 けれど、その言葉にも海里はまったく興味を持った様子もなく、ただ無感動な目を宙に 向けているばかりだった。 一応少女めいた顔をしていても男なのだし、着飾ることには興味はないのかと思い、隆 史は、次は過去に隆史が美味いと満足感を得たことのあるお気に入りのシェフを、各国 から日替わりで呼んで、海里のためのメニューをあれこれ作らせることにした。 海里はしゃべらないため、尋ねても食の好き嫌いがわからなかったので、とにかく何が 好きで嫌いでも大丈夫なように、様々な料理を手当たりしだい用意させた。 フレンチ、イタリアンはもちろん、和食、中華、アメリカン、エスニック…。 毎食、贅を尽くした食事が、隆史と海里に運ばれてきた。 が、海里は毎日毎食、何を出しても、喜ぶどころか隆史がきつく命じないと自分からは 料理に手を触れようとすらしなかった。 それなら居心地のいい、上質の空間を、と、隆史は今度は急いで海里のために、客間 の一室を大改装させることにした。 家具も、イギリス・アンティークの名品ばかりを、海里のためだけに取り寄せ、改装した 部屋に配置した。 部屋の中央にはローレリーフの装飾が美しいカウチソファがおかれ、全体的にゆったり とした部屋の作りはとにかく豪華で、贅沢の一言につきる。 続きの寝室に置かれたベッドも、天幕に飾り蔦がアーチを描く天蓋つきのもので、アン ティークデザインでは最高峰と誉れ高いデザイナーの手による一品を用意させた。 が、海里はやはりこれにも興味を示さない。 隆史は愕然とした。 その後も隆史は、ことあるごとにあれこれと色々な物々を用意させ、海里に与えてみた ものの、ことごとく望むような反応は得られず、失敗に終わった。 なぜだ?なぜ喜ばないのか? 焦りと苛立ちを感じながら、隆史は延々と次なる方法を考えた。 が、今までは物をやって喜ばない人間などいなかったので、こんな時どうしていいのか まったくわからない。 そんな風に考えに考えているうちに、 隆史は『お爺ちゃん』以外で海里の好きなものの一つも知らない自分に気づかされた。 けれど知ろうにも、肝心の海里が聞いても答えてはくれないでは話にならない。 隆史は、頭を抱えるよりなかった。 度重なる失敗にすっかり行き詰まった隆史は、たまりかねて、大切にしろなどと最初に 知恵を授けたことに一度文句を言ってやろうと、里見を呼びつけた。 「お前の言うとおり、大切にしてやってるのに、まったく変化なしだ!どういうことだ!」 憤る隆史に、里見は穏やかに笑って、 「では、少しやり方を変えられてはいかがでしょう?」 そう言うと、意外な案を提示し始めたのだった。 その案は、たしかに八方塞がりの現在の状況に射した希望の光のようで…、 「ただし、とてつもなく根気がいると思われます…どうなさいますか?」 なぜ思いつかなかったのかと歯噛みした隆史に、里見は静かに問う。 …聞かれなくとも隆史の中で、答えはもうすでに決まっていた────。 |
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