このオークションは、人間を商品とした違法な闇オークションだった。
表向きは高額な宝石のオークションのように見えるが、本当の商品はそれを身に着けた人間の
ほうだ。
年齢、性別、容姿、さまざまな人間が取引されている。
買った人間はどう扱おうと自由だ。
奴隷のように使役するのも、夜の相手に従事させるのも、人体実験のような事を行うのも、
全て購入者の思うままにまかされる。
違法ながらもこのオークションは盛況らしく、毎回多くの参加者があるらしい。
隆史も何度かここでヒトを購入している。
隣に座る秘書のレイラもその一人だ。
外見が美しいだけではなく、有能で気の利くレイラを隆史は気にいっていた。
屋敷で働く使用人たちもここで購入した者が多い。
隆史は綺麗なものが好きだった。
見た目に綺麗なものは気持ちがよく、隆史の美意識を満足させる。
かといって華美なだけの、装飾めいたものが好きなわけではない。
煌びやかなだけで役に立たないものを、数だけたくさん集めても、活用方法がないのではただ
の不要物になってしまう。
無駄を作る事は美しくないし、有り余る程財産があってもそれを虚飾のために散財するのは
浪費でしかなく、馬鹿のすることだ。
だから隆史は機能的で美しいものしか使わない。
それはこのオークションでの選択基準でも同じだった。
二人、三人と商品たちが引き出されては、落札されていく。
たまに気に入ったモノが出てくると競り合いに参加してみたりしたものの、今日のオークション
は隆史にとってそれほど魅力のある品物は出てこなかった。
もっともいつもオークションに参加しても、購入するほど気に入る商品が出てくるのは稀なこと
なので、隆史も大して気にしていない。
『それでは、本日最後の商品です』
マイクを通した競売人の声が静かに響いて、その商品が出てくる。
その瞬間、隆史の目はステージ上に釘付けになった。
出てきた小柄な少年は今まで見た中で最も多くの宝飾品をつけている。
その宝飾に見合うだけ、少年は会場中の目を引いた。
少年には、色がなかった。
青白いほどに透き通った白い肌。
その白さは、衣服からのぞく細い手足が痛々しく見えるほどだ。
背の半ばぐらいまで無造作に伸ばされた髪は白か灰色のような色で、光に透けると銀の糸の
ように煌いている。
その髪の向こうに見える瞳は、まるで青空と地平が一つになる間際のような、淡い水色。
力なく虚空を見つめる姿は生気が乏しく、それがさらに恐ろしく際立った美貌を引き立てていた。
よく出来た人形だと言われても信じてしまいそうな、少年の見たこともない容貌に、会場中が
一気に沸いた。
「レイラ、あんな人間がいるのだな」
隆史が小声で呟く。
「私も初めて見ました」
答えるレイラの声も驚きを隠しきれない様子だ。
魅入られたようにステージに見入る隆史に、レイラが尋ねる。
「気に入られましたか?」
「ああ。あれほど珍しいものもないだろう」
ライトアップされた壇上の少年は、あまりの白さに消えてしまいそうな錯覚さえ覚える。
光に溶けて、後には宝飾しか残らないような、幻を見ているような気分になる。
「購入なさいますか?」
レイラの質問に少し考えて、隆史は答えた。
「いや、いい」
確かに美しく、もの珍しいものだが、ただそれだけの価値しかないと、隆史には思えた。
ヒトを買うなら、聡明で使えるもののほうがいい。
美しいものが欲しいだけなら、本物の人形で事は足りる。
大金を払ってまで使えないモノを買う事は、隆史の美意識に反する。
意識を戻すと、くだんの少年のオークションが始まっていた。
あれだけの珍品だ。オークションが始まると、さすがの高額が飛び交う。
上がっていく金額を小耳で聞きながら、隆史は少年を見つめた。
目が離せなかった。
ただ虚空を見つめるガラス玉のような瞳から、目をそらす事が出来ない。
引き込まれる。
……どうして、こんなに気になるのか。
あんなのはただ見てくれだけのものではないか。
……どう考えても使えそうにないのに。
それなのに、心のどこかで諦めがつかない。
『一億!』
今まで出たことのない最高額の声がして、会場にどよめきが走る。
隆史はその声に聞き覚えがあった。
モニターを見れば、見知った資産家が入札している。
もう70歳を超えようかというのに数多くの愛人を囲っていることで有名な老人は、気に入った
ものは男女問わず手に入れて、飽きたら捨てるような扱いをしているらしい。
頭頂部は薄くなり、手には太い指に大きな石の指輪を何個もはめて、だらしなく崩れた体型の
彼は隆史にはとても品がなく見えて、嫌悪感を覚える人物だ。
……あいつが落としたか。
ヒト一人に一億はかなりの大金だ。それ以上の額を出そうとする者もいないだろう。
でも、と思う。
『一億が出ました。他にはいませんか?』
競売人が声をかける。
……あんなのに持っていかれてもいいのか?
「一億1千万」
隆史は静かに言い、値を挙げていた。
再び場内がざわめく。
隆史自身、一瞬自分のしたことがよくわからなかった。
さっきまで買う気などなかったのに。
レイラが驚いた顔で隆史を見る。
「購入なさるのですか?」
小声の問いかけに、隆史は覚悟を決めた。
「ああ」
どうせあの老人のことだ。あの脆そうな少年はろくに大切にも扱われないに違いないだろう。
みすみす壊されるために、あの好色魔に渡すのは気に入らない。
『一億二千万!』
例の資産家が競り上げる。隆史も負けじと応戦した。
「一億三千」
『一億五千!』
間髪いれずに荒々しい声で応酬される。相手もムキになっているのだろう。
……面倒だ。
「三億」
『!?』
相手が息を飲むのがわかる。会場中がしんと静まり返った。
『……三億が出ました。他にはいませんか?』
競売人の声に答える者はない。
『それでは、これで決まりとします』
ハンマーの音が響いて、商品のオークションが終了する。
上がる落札者への拍手の音。
それを忌々しく思いながらも、隆史はどこからか来る満足感のようなものに呆然とした。
ずっと見つめる先で、ステージから下ろされていく少年の姿が見える。
隆史はそれをどこか物憂げに見送った後、専用ボックスを後にした。


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