廊下に出た隆史は、何となくすっきりとしない気分のまま奥へと歩いていた。
間接照明に照らされた通路に人気はなく、敷き詰められた分厚い絨毯のおかげか足音一つ聞こえ
ない。
ゆっくりした足取りで歩を進めながら、隆史の心はさっきの少年に囚われていた。
まるでこの世に存在していないかの、あの儚さ。
どこを見ているのかわからないような瞳の色。
思い出しても胸がざわめく。
早く会いたい、もっと近くで見てみたい。そんな気持ちのような、
でもどこかで、会いたくない、このまま引き返してしまいたいと思う自分もいる。
不安にも似た不可思議な感情に戸惑うばかりだ。
今までどれほど気に入った「商品」を落札した後でも、こんな気分になった事ことなどなかったのに、
一体自分は、どうしてしまったのだろう?
生まれて初めて感じる焦燥。感じたことのない感情は、よくわからないが故に苛立たしくもあった。

だんだん、もやもやが増していくばかりの隆史に、後ろに続くレイラが落ちついた声で言った。
「隆史様が…一度購入をやめたものを購入なさるとは思わなかったので、驚きました」
思わず隆史の足が止まる。
レイラの言うのももっともだった。
「急に気が変わられるなんて珍しいですね」
言われても仕方ないくらいのことをしたと、隆史も思う。
いつもなら、一度買わないと決めたものを本気で落としにかかることなどない。
ましては決まりかけていたものを横取りするような落とし方は、隆史の美意識に反することだ。
隆史の中で、ああいったオークションというものは商品を手に入れる過程、つまり駆け引きを楽しむ
ものであって、決まりかけたものに必死に食らいついてまで奪い取るものではない。
そんな熱くならなくてもいいことだし、見た目にも美しくない。
だいたいそこまでして欲しいものなどないし、そんなに欲しいならオークションなどでなく、もっと違う
やり方だってあるだろうに、と思う。
今まではそうやって、オークション商品の落札にやっきになっている連中に冷めた目を向け、嫌悪
していたのに…。
それなのに、先ほどの自分は、まさに美しくない買い方の見本のようだ。
これではオークションごときに熱くなる下等な連中と一緒ではないか。
それを側近のレイラに指摘されて、改めて自分の突飛な行動を呪いたくなった。
「私が買うのは意外だと?」
苦笑まじりに言うと、レイラは生真面目な声で返してくる。
「はい。今までそのようなことは、お使えしてから一度もありませんでしたので」
レイラの言うことはいちいちもっともだった。
隆史でさえそんな自分に驚いているのだから、レイラが思うのも無理はない。
「レイラはあの少年についてどう思った?」
なんとなく、隆史はレイラに尋ねた。
「そうですね。…とても綺麗だと思いました」
少しだけためらってから、レイラは続ける。
「ですが、それだけです。…隆史様の購入なさる価値があるとは思えませんでした」
答えは予想と寸分たがわぬものだった。
「……私も、そう思う」
レイラの言うとおりだ。あんな実用性のなさそうなモノ。何ができるわけでもなく、使えるとしたら夜
の相手ぐらいだとしか言いようのないモノ。
だから一度は、購入するのをやめたのに…。
普段なら手を出さないものを、自分らしくない方法で手に入れた。
どうしてそんなことをしたのか、自分でもわからない。
「ですが、隆史様のお心に、何か触れるものがあったのでしょう」
悶々とした思考に陥る隆史に、レイラが静かに言った。
あんな実用性がなくて、ただ綺麗なだけの人形じみたものに、他に何の価値を見出すというんだ?
そう文句をつけたくても、そう考えるのが自然だと、どこかで納得している自分がいた。
そうでなければ、あんな役立たないモノを手に入れる意味がどこにあるというのか。
「そうかもしれないな」
短く答えて、隆史はどこまでも冷静な側近の、あまり感情の見えない顔を見返した。
「いくぞ」
止まっていた足を動かして、隆史は廊下を再び歩き出した。
しばらく歩くと隆史は、廊下の終点にある、商品引渡しのために用意された部屋にたどり着いた。
ドアに手をかけた時、隆史は覚悟を決めた。
あの者の価値は、今はわからなくても、これからじっくり知ればいい。
知った後、やはり無価値だったとわかったら、そのとき『処分』すればいいのだ。
あの者の価値を知るためにも、今できることは…、
あの者に会うことだ。
その思い直し、隆史はその部屋のドアを開いた。


ドアを開けた先に見える室内は無駄に大きく、目に映るのは室内を途中から仕切るように置かれて
いるカウンターと、その脇に妙にいくつも用意された小部屋のドアくらいで、他に目立つもののない
殺風景ぶりだった。
唯一の装飾品といったら巨大で洒落たシャンデリアだけで、そのシャンデリアが明るく優しい光で
室内を照らす。
そしてそんな味気ない部屋のカウンターの奥には、これから引渡しになる『商品』たちが、所狭しと
座っているのが見える。
商品の少年・少女たちは、覆うものすらない訪れる客から丸見えの状態で、直接床に座っていた。
その配慮のない、なんとも実しかないような部屋の作りに辟易しながら、隆史は入り口に立つ係の
者に落札商品を受け取りに来たことを告げる。
程なく隆史たちは、係の手によって、カウンター脇の小部屋の一つに案内された。


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