小部屋の少し年代ものの応接ソファに腰掛けて待っていると、すぐに引渡し係の男がやってきた。
油断ない目つきがどことなくいやらしい引渡し係の男とは、今まで何度か会っているが、どうも好きに
なれない。
権力のあるものには媚へつらい、自分より下と見ると態度が横柄になる。
さすがに貴嶋老人のオークションで商品引渡しという要職に就いているだけあって、身なりは整って
いるし、それなりに教養はありそうだが、隆史は品性を疑う感じで、美しくないといつも思っていた。
「お待たせいたしました」
男は自分に向かって深々と礼をすると、あごで使うように部下を呼んだ。
すると、男の部下数人がとり囲むように例の少年を連れてきた
眼前に引き出された少年に、隆史は言葉を失くす。
ステージの上で見たそのままの透明感で、少年は立っていた。
近くで見ると隆史の胸ほどしか身長のない少年は、とにかく細く華奢で、相変わらず表情のない瞳は、
目の前の隆史すら興味をひかれた様子はない。
そしてやはり、肌といい髪といいその瞳といい、すべてに色がなかった。
全身に纏う宝飾が、彼という、色のない存在の頼りなさを引き立てるかのように煌く。
……本当に、こんな人間がいるのだな。
間近で見ても浮世離れした美しさは健在で、彼の周りだけがまるで異世界のようだ。
この世に存在していないのではないかと思わせる雰囲気が、隆史を落ち着かなくさせる。
「こちらで、よろしかったでしょうか?」
係に声をかけられ、隆史は一気に我に返った。
魅入られるように『商品』を見つめていて、ここがどこか忘れるところだった。
声をかけられなかったら、このままずっと見ているだけ見ていたかもしれないと思うと、不快な者の声
に、今だけは少し感謝の念が沸いてくる。
「ああ、間違いない」
気を取り直し、しっかりと答える。
「落札額は3億となっております。お支払いは…」
「私が承ります」
係の言葉を遮ったレイラが、係の差し出した支払いの書類を作成する。
係はレイラが記入した内容を確認すると、愛想笑いを浮かべながら、隆史に最後の購入契約のサイン
を求めてきた。
一応内容に間違いがないか確認しながら、隆史は書類の最後の欄にサインをした。
売買完了だ。
「お買い上げありがとうございました。それではお受け取り下さいませ」
言って、係の男は少年を隆史の前に差し出した。
目の前にいても、その目は生きているのか死んでいるのかわからないような、不思議な色をしていた。
「商品番号1144。商品名『堕天使』です」
…商品名にはたいして興味なかったが、説明された商品名に思わず目を見張る。
そんな隆史の顔に、係の男は得意げな笑みを浮かべた。
「当オークション屈指の『天使シリーズ』はご存知でしたか?」
隆史が答えずにいると、男はさらに笑みを深くし、『商品』の肩に手を這わせた。
「そう、マニア垂涎もの、珍品ぞろいの。アレは我がオークションが誇る最高傑作の一つですよ」
その名称は、興味がない隆史でも知っているほど有名な、貴嶋オークションの目玉企画商品の名称だ
った。
世にも珍しい特徴を持っていて、なおかつ見目麗しい人間を『天使』と称した『商品』にする。
その特徴とは様々だが、たいてい障害を抱えている者が多い。
例えばある者は片腕がない、目が見えないなどの身体的障害者。そしてある者は両性具有や無性など
の性別異常者。そしてある者は知恵遅れやPTSD、その他精神に障害をきたしたりした者も、容姿が整
っていれば商品になるという。
いくら人身売買の商品にしても、さらにアンモラルで外道な商品。それが貴島の『天使シリーズ』である。
そんな商品の使い道など、たかだか下劣な遊戯くらい。隆史はまったく興味はないが、この『天使シリー
ズ』、需要はかなり多いと聞く。
隆史が知っている限りでも、元々通常商品より高価な商品にも関わらず、出品されればいつでも高値が
つけられて熾烈な競り争いが起こるのを何度も見たことがある。
競り落とす方も品性を疑うような趣味嗜好の者か、好色で名を馳せる者かというくらい、ろくでもない人間
が多い。
あの『天使』を、私は落札したというのか?
「この瞳も髪も、世にも珍しいでしょう。アルビノですよ。…きっと色々とお楽しみ頂けますよ」
係はにやにやと説明しながら、『商品』の髪をいじり隆史を見た。
「そしてこの『天使』は『天使シリーズ』の中で初の『堕天使』。しかも初物。珍品中の珍品ですよ」
男は今までの経験か、完璧に隆史がこの『商品』を、いたぶるか愛玩という名の調教かの目的で購入し
たと全面的に思い込んでいるようだった。
多分今までの『天使』の買い手と同じ扱いをされている自分に焼けるような羞恥を感じながら、隆史は
その下世話で悪趣味な男を無視して、目の前に佇む、たった今自分のものになった少年に声をかけた。
「お前、名前は?」
隆史は横柄にならないように普通に尋ねたつもりだったが…。
少年は何も答えなかった。
何の感慨もなさげに、ただ隆史を見るともなしに見ていた。
言葉が聞こえていないのだろうか。
「名前は?」
もう一度、まっすぐ目を見て少し大きめの声で尋ねる。
少年はさっきと変わらず、反応することもなかった。まるで無視するように、顔色も変えずに黙ったまま
だ。
その少女めいた容貌を裏切るふてぶてしい態度に、隆史は驚きを禁じえなかった。
こちらが聞いているのに、こんな風に無視されるのも初めてだ。
金で買われた身分のくせに、何が気に入らないんだ?
隆史が苛立ちを覚えると同時に、係の男が慌てた様子で口を挟む。
「申し訳ありません。ほら、早く答えないか」
男が少年の肩を揺さぶる。
が、それでも少年の、何も感じてなさそうな表情や態度に変化は見られない。
これからの主人に対する可愛げのない少年の態度に、見かねた係の男が、かわりに隆史にぺこぺこ
と頭を下げる。
「本当に申し訳ありません。お前も謝るんだ」
強引に少年の頭を押さえて頭を下げさせる。
焦る係の媚び全開の態度に哀れを感じながら、隆史は係に不機嫌を隠さず尋ねた。
「『コレ』は精神に異常でもあるのか?」
「いえ…色だけで、名は『堕天使』とたいそうでも、そのような話は聞いてはおりませんが…」
曖昧な係の答えに、隆史は冷たい微笑を浮かべると、少年の手を取って引き寄せ、
ガツッ
強く、指が食い込むほどの力で少年の下顎を掴んで、無理やり上向かせた。
それでも顔色を変えない少年に、隆史は苛々しながら言った。
「質問には答えろ。名前は?」
咎める口調で強く睨みつけ言うと、少年はやっと口を開いた。
「……海里」
本当に小さな声で、表情は変わらないからわからないが、仕方ないから答えたという態度にしか見え
ない。
「海里、か」
その、立場をわかっていないような態度にまた怒りがこみ上げたが、ここで怒っていてもらちがあか
ないと思ったので、隆史はとりあえず、これ以上は不問にした。
正直言えば不満だ。なんでこんなモノを買ってしまったのか、と今更な後悔が湧き上がる。
けれど、
どうせ買ってしまったものだ。仕方ないから早く屋敷に戻って…、
────せいぜい楽しませてもらおうじゃないか。
「行くぞ」
海里と名乗った少年の手を取って隆史は歩き出した。
後ろに控えていたレイラが後に続く。
ちらりと目に入ったレイラは、珍しく動揺しきった顔をしていた。
無理もない、レイラにしても金で買われた身だ。不興をかえば殺されても文句はいえない身の上の
はずの『商品』の少年がしている態度は、信じられない自殺行為にしか映らないのだろう。
それを無視して隆史は歩を進めた。
係の男は隆史の動きをしばらく呆然と見ていたが、
「あ…ありがとうございました」
レイラが隆史のために扉を開けたところで我に返り、慌てて、神妙な顔で深々と一礼した。
隆史はそれを何の感慨もなく受け止めながら、少年とともに部屋を後にした。
その一部始終の間にも、くだんの少年は一人、顔色一つ変えないままだった。


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