ふてぶてしい海里の態度に苛々させられた気分を引きずったまま、隆史はオークション会場を出、
車寄せにつけられた専用車に乗り込んだ。
待っていたのはシルバーのロールスロイス。普通の金持ちは黒塗りのものに乗るのだが、そこは
隆史だ。自分のポリシーで、セオリーとは関係なく、一番車体が美しく見える色を選んだ。
車内やシートの色も、本当はベージュだったところを無理矢理黒に変えさせ、所々自分好みの
凝った意匠を入れさせた特別仕様、まさに世界で一つの逸品である。
普段は見るだけで心地よい車内を見ても隆史の気は晴れず、車中には重苦しく張り詰めた空気が
立ち込めていた。
いつもは落ち着きのあるレイラですら、怯えたように身を小さくして、隆史の顔色を伺う有様である。
それもこれも、全部海里という、あの少年のせいだ。
その海里は、この途方もない値段の高級車に乗った今も、特に何の感慨もなさそうな顔で、何一つ
しゃべるでなく、ただ隆史の横に座っていた。
媚びるでも、怯えるでも、懐くでもないその態度。見るにつけ、腹立たしくて仕方ない。
買われた『商品』のくせに、なんて生意気な…。
完全に自分は無視されているではないか。
望めば自分の望みどおりに事が動く人生を送っている隆史は、28年間生きてきて思い通りになら
なかったことなど今まで皆無だった。
なのに、あの少年ときたら…。
こちらに興味がまったくないような目をして、話しかけても答えない。
特に目立って抵抗するわけではないが、自発的に動きもしない。
まだ少し怯えたりでもすればかわいいものを、何を考えているのかその顔には表情という表情がなく
何をしても言っても反応もない。
はっきりいって不気味だ。
さっき思わず聞いてしまったが、本当にコレは気がふれているのではないかと思ってしまう。
けれど、オークションの係の言ったことが虚偽だとしたら、貴嶋の信用に泥を塗るようなものだ。
そんなことは社員にとってもマイナスなのだから、わざわざ嘘を言ったとも思えないし、『色以外正常』
と言ったら、本当に『色以外正常』なのだろう。
だとしたら、先ほどからの少年のこの態度は、全部自分の意思でこちらに反抗しているということに
なる。
…何が気に入らないのか知らないが、無言の抵抗のつもりなのだろうか?
ひとしきり考えて、隆史は膝で組んでいた手を強く握った。
役にも立たない『天使シリーズ』のくせに、
足を開いて男をくわえ込む以外価値のない存在のくせに、
…面白い。
目の前の少年をあざ笑いながら、隆史は口元に妖しい笑みを浮かべた。
そちらがその気なら、こちらにも考えがある。
どうにかして、あの無表情を崩させてやる…。
酷薄な笑みで、隆史はあれこれと思案を巡らせた。
どうすれば、少年に立場の違いを思い知らせてやれるだろうか?
味わった屈辱を返してやれるだろうか?
そんなことが次々と浮かび、隆史の頭は少年を傷つける策略で一杯になった。
車は屋敷近くの公園を抜け、次第に屋敷の門扉と庭園のアーチが見えてくる。
…屋敷への到着は間近へと迫っていた。


屋敷に到着し、まず隆史が少年に命じたのは身支度を整えることだった。
少年はオークションの時のままの姿なので、身なりは決して汚くも粗末でもはないが、煌々しい宝石
に固められたその格好は、そのままだと悪趣味で興がそがれるので装いを改めさせることにした。
だが、どこまでも反抗的な海里は、やはり隆史が普通に命令しても一切動こうとしないので、代わりに
レイラに支度をさせることにした。
レイラの誘導で屋敷の奥に連れて行かれる時も、少年は人形のように感情のこもらない瞳を宙に
彷徨わせていた。


自室でお気に入りのマイセンを傾けながら、待つこと1時間。
「海里の支度が整いました」
レイラが海里を連れて、隆史の部屋にやってきた。
レイラが選んだのであろう、宝飾を取り去って、少し大きめのノーブルなドレスシャツと黒のスラック
スに着替えた海里は、相変わらずの無表情で、ただそこに立っていた。
そしてやはり無言、無言だ。
でも、何も言わないが故か、はてまた異常な程の無表情のせいか、存在のおかしさが逆に目に付く
ようで無視できない。
隆史は苛ついた。
相手は無視し続けるのに、自分だけが気になって仕方ないなど、相手のペースに飲まれているよう
ではないか。本当に癪にさわる。
けれど、お楽しみはこれからだ…。
意を決して、隆史はドアの付近に突っ立っている海里に次なる命令をした。
「来い」
短く威圧的な隆史の呼びかけにも、海里は動こうともしなかった。
代わりに、少年の隣に立つレイラが、おろおろしたように少年の手を取って話しかけた。
「もう、無駄な抵抗はおやめ…。後が辛くなるだけだから」
レイラにしては焦った口調の、その忠告にも少年が心動かされた様子はなかった。
私にしても、レイラにしても…どこまでも無視しようというのだろうか?
強く睨みつけるが、やはり動じない。このままでは埒があかないので、仕方なく隆史は自分から海里
に近づいた。
それでも、海里は顔色一つ変えない。
頑なに自分を見ようともしない態度に、隆史の苛立ちはピークに達した。
隆史は海里の目の前に立つと、少年の髪を掴んで強引に顔を上向かせた。
「何が不満だ?」
低く恫喝するような声で、隆史は言った。
覗き込んだガラス玉のような少年の瞳に、隆史の顔が映っている。
何も感じていない風の瞳に映る、苛立った表情の自分の姿に隆史は余計憤激した。
自分だけが血相を変えていて、外から見たらさぞ滑稽に見えるだろう。
…恥をかかされている気分だ。
「何か言ったらどうだ」
言いながら、容赦なく強く髪を引っ張って脅しても、海里は何も言わず、髪を引かれるままに
ぶらぶらと隆史の脇で揺られていた。
本当に、こんなに何が気に入らない?
こんなに私が歩み寄ってやっているというのに!
怒りで目の前が真っ赤になった隆史は、勢いよく海里の頬を叩いた。
一発、二発…続けざまに叩いて、白い頬がうっすら赤い色に染まっていくのを見て、隆史は自分
の気分が高揚するのを感じた。
例えるなら嗜虐心。態度こそ変えられないが、無抵抗の人間を虐げることで多少気分が良くなっ
てくる。
さらに楽しくなりたくて、隆史は海里の頭を鷲掴むと力一杯に壁に叩きつけた。
衝撃に、少年の頼りないほど細い体が壁伝いに沈んでいく。
「隆史様!」
隆史の尋常ならざぬ怒り故に、それまで黙ってことのなりゆきを見守っていたレイラが、血相を
変えて少年に駆け寄る。
軽く声をかけて少年を揺さぶるが、少年の手はだらりと垂れたまま身動き一つしない。
どうやら気絶したらしい。
少年を胸に抱えたまま、レイラは躊躇いがちに口を開いた。
「…隆史様。この者がいくら反抗的とはいえ、これはあまりにも…」
「黙れ」
少年を庇いだてするレイラを一喝して、隆史はレイラに壮絶な笑みを向けた。
「それよりレイラ、アレを持ってこい」
「!」
隆史の言葉に、レイラの目が限界まで見開かれる。
「あれ…をですか…?」
確かめるように聞いたレイラに、隆史は歪んだ微笑みではっきり答えた。
「そうだ、無理矢理でも従順になるあのクスリを、だ」
隆史の言葉にレイラは顔色を変えた。
「お言葉ですが、あれは…」
「黙れといったろう」
たどたどしく抗議するレイラをひと睨みすると、レイラは諦めたように、くだんの物を別室から運び、
隆史に手渡した。
自分の親指ほどの冷たいガラスの感触を掌に感じながら、隆史はくくっ、と笑いをかみ殺し、床に沈
んだ少年を見下ろした。
「…そのくだらない反抗がいつまで持つか、見てやろうじゃないか」
残酷な決定を眠る少年に突きつけ、隆史は高らかに笑った。
こうなったらクスリでも何でも使って、無理矢理体でも開いてやろう…。
その段になって許しを請っても、簡単になど許してやるものか。
責めに責めぬいて、いたぶってやる…。
隆史は自分の考えに楽しくなりながら、隆史は気絶した海里の手を無理矢理引いて、その足を寝室
へと向けた。
隆史に手を引かれた海里は、そのまま床を這うように引きずられて、移動されていく。
そんな海里と隆史を、レイラはただただ怯えた眼差しで見送っていた。


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